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講座1 馬場 悠男さん講演概要

馬場 悠男 (15回生) 国立科学博物館名誉研究員

【講演概要】
『博物館の研究者という生き方 人類の進化と日本人集団の形成過程を調査・研究する』

 新宿高校在学中は、目立たないオタクだった。建築家、恐竜研究者、パイロットなどいろいろ夢を見た。結局、子供の頃からアフリカやアジアの自然・古代の文明・海外での調査旅行に憧れていたので、自然人類学を専攻し、国内外での発掘調査に基づいて200万年前から最近までの人骨を研究している。

  博物館には、調査研究・資料収集保管・教育普及・展示など様々な仕事がある。研究者としては、それらの全てに携わるので、大変だが、やりがいもあって楽しい。ローテク・アナログ人間だが、ハイテク・デジタル社会でもしぶとく生きている。マニュアルのない調査・研究では、迷いや浮き沈みもあったが、人間関係を大事にしてなんとかなってきた。

 なお、研究者は、給料は少ないが、退職後も調査・研究・授業・執筆などをそれなりに続けられる。たとえば、今でも古代エジプトのミイラや徳川将軍夫人の遺骨を研究している。昨年には、東京都高校生物教育研究会の先生方19人を、インドネシアにある私たちの発掘調査地にご案内した。

講座2 橋本健一さん講演概要

橋本 健一 (19回生) 元・千葉県立保健医療大学教授(生物学)

【講演概要】
『なぜ教員になったか・どのようにして教員になったか』

  新宿高校では生物部に所属していました。その頃から教員を目指すことを考えていました。それは、
①昆虫(特にチョウ類)に興味があり、ずっとその世界に浸っていきたいと思っていたこと,
②人前で話をしたり、何かを説明することが嫌いではなかった
 からです。

 東京学芸大学へ進学し、大学院修士課程まで進みました。それは、卒論研究を通して、それまで、単にチョウを採集して標本を作っていただけだったのに対し、あることを研究し、1つの法則性を発見したときの「心の震え」を感じ、そのような場に身を置きたいと思ったからです。

  大学院修了後、東京都立千歳丘高校,新宿高校,東京学芸大附属高校の教員(生物)を経て、1987年に千葉県立衛生短期大学の教員となり、その後、2009年から新しく開学した千葉県立保健医療大学の教授になり、その間、生物学や理科教育関係の科目を担当してきました。

 幼・小・中・高校までの教員になるには、教員免許状を取得し、公立学校であれば教員採用試験を受ける必要があります。しかし、大学の教員には免許状はありませんし、採用試験ではなく、「公募」という形がとられます。では、どうすればよいのでしょうか?

  教員を目指す道筋、教員の仕事の面白さについてお話し、質問に答えます。

講座3 佐藤 重和一さん講演概要

外交、外務省、国際関係機関について
H28.9.7 佐藤重和(20回生)

「外交:ベースは日本、相手は世界」
1. 進路:迷いに迷う。「生まれついての~」は極く一部の人。
2. キャリアを築く時代背景は今日と全く異なる。
当時は、①成長、拡大、発展の時代、海外への関心、好奇心②試験→大企業、官庁で一生。今は不確実、流動化、大競争。  日中国交正常化(1972年)
3. 当時は国家公務員試験とは別のいわゆる外交官試験。今は相対化されてきたが求められるものはやはり違う。総合職(旧Ⅰ種)と専門職
4. 研修制度:語学別に海外留学、自分は中国(復旦大学、中国文学)、米(ハーヴァード大学修士課程)、その後、日本勤務⇔海外赴任の中でより責任あるポストへ  
  東京の外務省(本省)           約2300人
   在外公館(大使館、領事館、国際機関代表部) 約3500人
5. 「外交」のベースはあくまで国内、国益:世論、政治、国会、ビジネス  cf.国際機関、国際団体
6. 「外交」は総合的:安全保障、経済から文化まで、cf.JICA, 国際交流基金
7. 華やかなものでなく(高級ワイン、タキシード?)、地道な努力の積み上げ→関係の構築。大使館の役割は教科書的には①情報収集②交渉③自国民保護、実際はより幅広く。
8. 「自転車に乗って天安門」:1989年、天安門事件の現場で
9. 大使の仕事:香港、豪州、タイ
10. 英語の重要性:世界の共通語、英語を話す中国人>米国人
11. Appleもトヨタも外務省もいつどうなるかわからないが、「国」という組織が存続する限り「外交」は続く。最も古い職業の一つ

講座4 国沢真弓さん講演概要

フリーアナウンサー、一般社団法人発達障がいファミリーサポートMarble代表理事

【講演概要】
<テーマ> 「伝えるチカラをUP!~進学・就職・プライベートに活かしましょう~」 たくさんの事を吸収し、楽しかった、私の新宿高校時代。 そんな高校の後輩の皆さんに、
◆進学した時、
◆就職した時、
◆家庭を築いていく時、 必ず必要になる「伝えるチカラ」「コミュニケーション力」UPのポイントを、ギュ~っと詰め込んでお伝えします。 「伝えるプロ」としての話し方・伝え方も、どうぞ参考になさって下さい。
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<内 容>
① 私の略歴(5分)
大学⇒就職⇒結婚・アナウンサー転身⇒自閉症スペクトラム支援士⇒法人設立、代表に。
② 発達障害って、なんだろう?(10分)
 「発達障害」と、その「接し方のポイント」を知る事は、実は、
 「すべての人間関係」に活かされるエッセンスだらけ。 知っておいて損はない!
③ 「伝えるチカラ」をUPさせるために…(10分)
 自分自身を活かし、まわりの人と良い関係を築くために。
 私自身、日々実践し、効果的だと感じている事のみ、お伝えします。
④ 自分自身を活かしながら、社会に貢献するために「起業」という選択(5分)  
  「起業」のメリット、デメリット。
⑤ ラストメッセージ ~音楽・映像・ナレーション~(10分弱)
  「へぇ、こんな伝え方もあるんだ…」と実感して下さい。 私からの贈り物。
⑥ 質疑応答(10分)
以上。 
 すべて聞き終えた時、皆さんの心に、何かが残りますように…。  

<経歴><経 歴>聖心女子大学文学部歴史社会学科卒業、富士通㈱勤務後、フリーアナウンサーへ転向。
  NHK「きょうの料理」「おしゃれ工房」等10年担当、他ラジオ・テレビのリポーター、海外特派員、
  番組企画制作等を担当。二人目の子どもが自閉症であったことから、発達障害の専門資格を取得し、
  一般社団法人を設立。現在は、法人業務、アナウンサー業務(司会・ナレーション)の他、本の執筆、
  厚生労働省と連携して事業運営等を行っている。

講座5 濱口 建さん講演概要

講師: 濱口 建(新34回生)
 株式会社博報堂テーマビジネス開発局 アカウントディレクター

[講演概要]
私は、日本の広告代理店で営業職に就いて今年で15年目になります。以前は日系と外資系の証券会社で10年ほど、国内・外で仕事をしていました。 今回、これまでの道のりや転機、そのときどう考え行動したのかなど、エピソードを交えてお話ししたいと思います。あまり堅苦しい、教訓めいた話ではありませんので、気楽に聞いていただければと思います。そしてその中から一つでも二つでも皆さんのこれからの人生のヒントになる何かがあるのならば幸いです。

<タイトル:人生を楽しくデザインしよう>
~高校時代
~浪人、そして大学生活
~社会人生活前篇
・日本経済“失われた20年”と向き合った証券時代
・トップセールスを夢見た、駆け出し営業マン
・毎日100本ノック。調子づいていた新人時代
・バブル崩壊。全てが裏目に。そして辞表を懐に。
~社会人生活中編
・天からチャンスが舞い降りた
・辛酸をなめた我武者羅国際金融マン時代
・努力の果てに次なる幸運が。
・駐在員生活
・転職
~社会人生活後篇
・そして更なる人生の転機が

講座6 入澤 武久さん講演概要

入澤 武久(36回生)講演概要

弁護士  入澤 武久

【講演概要】
1 司法試験に合格することによる仕事の広がり。
2 辯護士は喰えないのか?
3 司法試験の仕組み。
4 法学部に進学するのか否か?どこの大学を選ぶのか?
 以上につき,実務法曹として,また,法科大学院教員として多角的にお話をしたいと思います。
 生々しい質問も大歓迎です!」

講座7 中西 智美さん講演概要

中西 智美(38回生) 千葉県公立学校養護教諭

【講演概要】
  『 看護の道いろいろ ~養護教諭という仕事~ 』
 新宿高校時代は水泳部に所属していました。表裏?もわからないほど日焼けして、3年生の8月の16校戦まで現役で泳いでいました。卒業後は、看護学校、保健婦学校で学び、その後26年間、養護教諭として働いています。結婚をし、出産をし、介護もして、文字通り多忙な生活を送っていますが、突っ走って(泳いで?)こられたのは、高校時代の部活で鍛えた体力、精神力があったからかもしれません。

 男女共同参画社会基本法ができて10年以上たちました。女性が仕事を続けるということ、ワークライフバランスについても、私なりの考えをお話ししたいと思います。

1、養護教諭ってどんな仕事をしているのだろう。  
  養護教員なの?養護教諭なの?男性の養護教諭っているの?
   養護教諭って“何でも屋さん”なの?
2、養護教諭が行うフィジカルアセスメント  
  医療機器のない保健室で、丸腰でたたかう専門職
3、看護学校と看護系大学  
  看護師も保健師も助産師も養護教諭も、大学で養成する時代? 
4、女性が仕事を続けるということ  
  しなやかな強さを持って、自分だけの道を進んで行けばいいのです…

講座8 畑中 千晶さん講演概要

【講演概要】
『「好き・得意・面白い」が仕事になるまで』
 高校時代に好きだった科目は古典でした。そして今、古典文学(日本近世文学)の研究をしています。このように書くと、好きなことがそのまま仕事になったかのように見えます。でも、高校生の頃の私は、研究者になるつもりなど全くなく、それどころか大学進学さえもやめようと考えていた時期もあったのです。数十年ののちに、まさか、こうして大学に勤めることになろうとは、当時は全く思っていませんでした。

 どのような段階を経て今に至ったのか、また、具体的な仕事内容とはどのようなものか、お話ししたいと思っています。なお、『進路部通信―新宿進化』第7号に寄稿しましたので、そこに記した内容と「1 進路選択のきっかけ」でお話しすることは重なるところがあります。

1 進路選択のきっかけ ―身近な人の影響力―
2 研究者になるには
3 大学教員の仕事
4 研究者の使命 ―知を受けつぎ、「耕し」、広める―  

講座9 原田 将史さん講演概要

原田 将史(48回生)

建築家 “建築”といっても、関わる業種は多岐にわたります。
その中でも私は“建築家”という職業を選択しました。
建築の道を歩みだしてから今まで経験してきた、やりがいや苦労したこと、モノをつくる喜びなど下記の話を中心にお伝えいたします。

【建築とは】
 建築とは何か。建築に関わる人たちとその役割とは。
【建築家とは】
 私が職業としている“建築家”とは何か。そして建築家という人生の紹介。
【建築家への道】
 私が建築家を志した時から新宿高校での日々、浪人時代から大学での勉学の日々、修行時代から独立して現在、そしてこれからの未来を紹介。  皆さんがこれから建築家を志す時、何をするべきか。
【作品紹介】
 修業時代から独立し建築家としての現在まで手がけてきた建築作品の紹介。

講座10 田久保 裕之さん講演概要

田久保 裕之 (52回卒)

講演概要
『進路とは、徹底的に自分と向き合うこと』

「進路選択」
・就職と進学の違い、高校を出て働くのか、進学するのか
・では、なぜ「大学に行く」のか
・でも、自分が何をしたいかわからない…という人がするべきこと
・手帳を持ち、メモをとり、新聞を読もう
・進路に悩む人は、すでに前に進んでいる

「私の進路選択」
・新宿高校で学んだこと
・もっと勉強しておけばよかった…
・でも勉強ができるだけじゃダメ
・体育大学時代

「体育の教員として」  
・スポーツと勉強の違い、共通点  
・スポーツの素晴らしさ  
・小山台高校での甲子園出場 「一に生活、二に勉強、三に野球で甲子園」  
・命について教え、考えさせるのが保健体育科教員の仕事  
・教員という素晴らしい職業