内容について
森田亨(7回生・「朝陽」編集長)
1.先に目次の大項目だけ挙げておこう。
第T部 ・・・・・汽車の汽笛は鳴る
1.停車場詩情
2.郷愁の旅路
3.山手線et万世橋物語
4.つれづれなる旅路
第U部 ・・・・・みどり色の窓によりかかりて
5.緑に映える静寂の館---「世田谷文学館」とわたし
6.続・木々の翠を見やりつつ---「朝陽同窓会」とわたし
7.われひとりたのしきこと思ふ旅
2.書名からも目次からも読み取れるように、本書は鉄道エッセイと身辺の素材による随想などとの2部構
成になっており、ボリウムはちょうど半々だ。通読中に、こういう本を何と呼ぼうかと思っていたら、「あと
がき」で著者自身がはこれを「客貨車混成列車(ミクスト・トレイン)」と評している。絶妙である。
ついでにもう少し「あとがき」を借用すると、著者はこれまでの3点の鉄道エッセイを第1・第2・第3列車
と百關謳カ張りに呼称しているのに対して、これは正規の第4列車ではない、臨時仕立ての私家版
だと位置づけておられる。いささかヤードでの編成作業に手間取ってはいるが、いずれ堂々たる第4
列車が長大編成で姿を現すに違いない。
こういう紹介では、「何だ。この本自体はちょっと一服の軽いおしゃべりか」と早合点されるかもしれな
いが、そんなことはない。第T部のエッセイは鉄道関係その他の新聞雑誌に掲載して好評を得たも
のだし、第U部は生徒として6年、教師として24年、その後も同窓会活動で絶えず関わって来られた
母校や地域に関連する題材で盛り沢山なのだから。
「テッちゃん」趣味に親近感のある私にとっては、第T部の紀行エッセイは、著者と車窓をともにして
いるような楽しさがある。文体は大体が照れくさそうな薀蓄の語りかけ調と、時にはほとんど独り言にな
る。隣に座って車窓を眺めていて、小説の場面が出てくると割合相槌が打てるが、朔太郎や中也の
詩のことになるとよほど有名なものでないと返事が出なくなる。けれど、ナニ、生返事だって先生は陶
然としておいでだから大丈夫だ。
いや、未だ実際にお供したことはない。
いま、つい「先生」と書いたが、筆者にとっては僅か6年の先輩で本来師弟のご縁はない。ただ、「朝
陽」の編集でべったり頼りにさせていただいているので、後輩たちを真似て先生とお呼びするのだ。ご
本人は引退後の年数もあって最近は自称・鉄道楽人「喜翁」と愛称されたい様子が見えるが、「第4
列車」以後もバンバン出していただくには年齢相応に安住されては困るので、「翁」呼ばわりだけは
差し控えさせていただこうと思っている。
全体として楽しく穏やかな雰囲気の読み物ばかりだが、巻末に至ってキッと襟を正させられる文章に
ぶつかった。国語の先生らしく「ひたぶるに」という微妙な副詞を不用意に?使った宰相の思考スタイ
ルに切り込む舌鋒が鋭い。諸兄姉はどう読まれるだろうか。
本を閉じてみてもう一つ。「たまゆらの」とはまたずいぶんクラシックにも美しいタイトルを思いつかれた
ものだ。万葉集や川端康成の小品のタイトルにもあるささやかな音が原意だろうが、先生は自身が旅
に費やした(長い)時間をほんのしばしだったと振り返っておられるようだ。あるいは人生そのものにも
重ねてこう呼ばれたのだろうか。
まだまだ沢山旅して沢山読ませてください。